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『人間失格』太宰治著

>罪

人の行いの中で、罪になるもの、というのはどういうものでしょうか。人に大小の迷惑をかける行為である、というのが一般的な回答だと思います。この意味に取ると、本作の主人公葉一はまさに、無罪の人ということができます。彼の懸案は一貫して人に迷惑をかけないことにあって、普通の人が抱える幸せになりたいという利己的な願望が全くなかったわけです。無罪の人であった葉一は、みんなに嫌われることなく愛されて幸せにその生涯を送りました、というのが普通の帰結ですが、本作ではそうはなりませんでした。

 

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『悪魔とのおしゃべり』さとうみつろう著

>正しさと苦痛

正しさを捨てる、というコンセプトが繰り返し出てきます。正しさとは何でしょうか。

 

みつろう:「苦しいな」と思ったのなら、絶対に自分の中に「正しさ」を隠し持っているのか。

悪魔:当然さ。人間は「正しさ」以外の方法で、苦しむことなどできないのだから。

この文脈では正しさは苦しみを生み出すもの、という説明のされ方をしています。正しい状態から外れている状態のとき、焦りとか自己嫌悪とか、投げやりな気持ちとか、不快な感情が出てくることになるというのはうなずける話です。

 

「誰にも」「何にも」期待していない人間は、怒ることが絶対にできない。先に抱えた「期待」がなければ、怒りたくても絶対に怒れないのさ。そして、だからこそ悪い人はいつも笑っているのだ。

「自分を犠牲にしてまでやったのに!」と怒りを撒きちらすくらいなら、「他人のため」には何もしないでいいから、ただ微笑んで座っててくれないか?そっちのほうが、よっぽど誰かのためになる。

期待する、という心の動きもその先に正しさの像を見ているはずです。そしてその期待が裏切られたので怒りが出てくる。

 

みつろう:自分のせいで、自分が怒っている......。

僕らはなんで、こんな自爆体質に?

悪魔:これも、「正しさ」のせいだ。善の勢力が貴様らに言ったのだ。「世界にはすばらしい人がたくさんいる」「明日はすばらしい日になるさ」「未来の世界はバラ色だ」とな。要するに、期待させたのだ。

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『脳内麻薬で成功中毒』増田勝利著

>○○な自分になる

例えば、「初対面の人とすぐに仲良くなりたい」という願望を持つのは、「初対面の人とすぐに仲良くなれない、人見知りをしてしまう」という前提認識が自分の中にあり、それを変えたいと思っているわけです。「思考は現実化する」というフレーズがあります。これは、成功哲学の第一人者であるナポレオン・ヒルの有名な書籍のタイトルですが、この表現はあまりにも大雑把すぎると私は感じます。

事実、「思考は現実化」しますが、もっと詳細かつ具体的に表現すると、「前提となっている思考が現実化する」ということなのです。

「もっと自分をストレートに表現できるようになりたい」という願望を持っている人は、基本的に「ストレートに自分を表現できない」人と考えていいでしょう。「経済的に豊かになりたい」と願っている人は、「経済的に困窮している」人のはずです。

…(略)…

「私は、初対面の人とすぐに仲良くなれない、人見知りをしてしまう」「私は、ストレートに自分を表現できない」「私は、経済的に困窮している」と思っていると、それを肯定化しながら動いてしまうのです。これを避けるために、自分が本当になりたいイメージを強く意識し、「自分はそのような人物である」という前提を作ってしまうのです。

願望の形式で意識すればするほど、無意識脳はその前提をインプットし、前提を肯定化していこうとするでしょう。

…(略)…

意思の形式とは、「初対面の人とすぐに仲良くなる」「もっとストレートに表現できるようになる」「経済的に豊かになる」というカタチを指します。しかし、こう思うだけでは、自分を変えるには不十分です。

…(略)…

無意識脳は「自分のこと」に強く反応するのです。

したがって、無意識脳が働きやすいように、次のように意思の形式を修正する必要があります。

「初対面の人とすぐに仲良くなれる自分になる」「もっと自分をストレートに表現できる自分になる」

「経済的に豊かな自分になる」

このように、「自分になる」という言葉を入れ込むだけで、意識は大きく変わり、結果に繋がります。

無意識脳は、自分のことに強く反応する、ということが言われています。自分になる、といういい方は、対象の原因を自分に引き付けて表現するいい方法だと思います。経済的に豊かな自分になる、といういい方は、経済的に豊かになった原因が自分にある、ということを強く示唆しています。経済的に豊かになる、という言い方では、自分起因でない原因による経済的豊かさの達成、ということも含まれていますが、自分になる、をつけるとその余地が厳しく排斥されていることに気付きます。この態度はなぜでしょう。思うにこれは引き寄せの法則の根幹にかかわる点であって、引き寄せの法則が実現するのは、偶然の幸運を起こす、ということではなく、表面的にそのように見えても、実はそういう偶然を発見する状態に、自分がなっているということが重要なのではないでしょうか。外側に影響を与えたり、働きかけるのではなく、自分の内面の話なのです。

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『なぜかうまくいく人のすごい無意識』梯谷幸司著

>ミリオネア脳

そのアンケートは次のようなシンプルなものでした。低所得者層、中所得者層、高所得者層それぞれに「今、何に興味関心がありますか?」と聞いたのです。低所得者層に関心があることは、消費稅問題と年金問題。身近なお金のことに関心がありました。中所得者層になると、消費稅問題、年金問題に加えて、安保法案や、大企業の不祥事、政府の問題が上位3位を占めました。自分の正しさを証明するために、その対比として「悪者」「戦う相手」が欲しいわけです。

面白かったのが高所得者層の回答結果です。

政治や大企業の不祥事に興味のある人は2パーセントくらいしかいませんでした。彼らの興味関心があったのが、「1位健康づくり」「2位旅行」「3位孫と遊ぶこと」というきわめて個人的なことでした。

…(略)…

高所得者層は「こうあるべき」というメ夕無意識はほとんど使いません。そもそも正しさを証明する必要がないとわかっています。誰かと戦う必要はなく、誰かを悪者にする必要もない。自分のやりたいことをやるだけです。

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『宇宙はイケメン彼氏』Happyhappy著

>いまとは何か

「過去」と「未来」は考えることはできても、「感じること」はできなくて、逆に「いま」は「感じること」はできても「考えること」ができません。

たとえば、「ゾンビの映画」を観ているとします。

ここでもし、自分は「ゾンビに襲われる映画の主人公なんだ」と信じ切ってしまったら?

「こんなのいやだ、平和を味わいたい」と思ったら、「ゾンビを倒す方法、ゾンビから逃げる方法がいる!」と考えますよね(映画の中で)。

毎日、「どうすればゾンビを倒せるか、どうすればゾンビから逃げられるか」で悩み続けるはず。ほんとうに「自分はこのゾンビドラマの主人公だ」と思いこんでいるんだから、そりゃあもう一大事でしょう。非常に深刻な大問題です。......って、おかしいですよね(笑)。ほんとうは「こたつでミカン」のお茶の間にいるのに。

でもじつはわたしたちも、これと同じことをやっているんです。

炬燵でミカンというのは、「いま」と「過去と未来」の関係性を表現するための枠組みで、「いま」がテレビに映った「未来と過去」を見ている、と説明されます。

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『自己催眠法』門前進著

>ストレスとその解消

ここで心地よいということと、いやだということについて考えてみたい。心地よいというのは、本人がその感覚を受け入れている状態であり、いやだというのはその感覚を本人が排除したいと思っている状態である。このように、本人がその感覚をどのようにとらえているかによって両者の違いが出てくる。

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『仏教誕生』宮本啓一著

>言語的なアプローチの限界

ヤージュニャヴァルキヤが一貫して追い求めたものは、真実のアートマンである。世間の人びとがアートマンだと思っているものは、真実のアートマンではない。というのも、「アートマン」を意味するとされる「わたくし」ということばを主語として、世間の人びとは、それにさまざまな述語(属性、限定)を連結させるからである。「わたくしは~である」と世間の人びとは口にし、それがアートマンであると思っている。しかし、真実のアートマンは、いかなる属性も限定ももたない。つまり、真実のアートマンは、こうである、ああである、というように、ことば(概念)によって捉えることはできない。あえて真実のアートマンをことばで表現しようとすれば、右の「~」に入りうるあらゆることばを羅列し、そして片端から、「~にあらず」というしかない。

認識主体という超言語的な存在に対する、言語的なアプローチの限界であると読めます。

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