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『夜は短し歩けよ乙女』森見登美彦著

本読みました。

夜は短し歩けよ乙女森見登美彦

 

以下感想です。

■あらすじ

■混沌

■意中の人を追うシチュエーション

■追い求めるということ

--『夜は短し歩けよ乙女』まとめ--

 

■あらすじ

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同じクラブの後輩に恋焦がれる大学2回生の「私」が彼女との恋を成就させようと努力をする様を、春夏秋冬四篇に分けて描いた短編集です。「私」の努力はひどく迂遠で、行動力を欠き、脳内で会議ばかりしています。そんな「私」の努力が時に滑稽で、しかし時に非常に身近な様に共感を覚えます。主人公とヒロインに名前を与えていないのは、読者が感情移入しやすいようにするギミックかと思います。

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

■混沌

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全編通して、混沌とした祝祭のような雰囲気の作品です。学園祭の学校はもちろんのこと、謎めいた登場人物の「李白」「樋口」の存在や、李白の家の三階建ての電車など、非現実的で説明不能なアイテムが数多く登場します。李白の電車や、学園祭事務局長の部屋は、雑多な調度品で埋め尽くされています。舞台が「京都大学」と思われる大学で、歴史と格式ある大学、そして同様に歴史と格式ある京都という都市、その中で物語が進行していることは、大学という社会の制度の中でも、もっとも秩序や教養に近しい部分において、学生たちの未完成で青臭い混沌としたエネルギーがうねっている現代の青春の有様に対するオマージュなのだと思います。李白の電車を掲揚した文章の引用です。

 

車体の角にはあちこちに洋燈が吊り下げられて、真紅に塗られた車体をきらきらと輝(てら)しています。色とりどりの吹き流しや、小さな鯉のぼり、銭湯の大きな暖簾などが、車体のわきで万国旗のようになびいているのも見えます。幾つもある車窓の中には、居心地の良い居間のような明かりが満ちて、小さくも豪華なシャンデリアが電車の進行に合わせて揺れています。一階の窓からは、ぎっしりと本が詰め込まれた書棚や、天井から吊られた浮世絵が見えました。

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

■意中の人を追うシチュエーション

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本作の主人公「私」は、後輩の目に留まるために、後輩と大学近辺で出会っては挨拶を交わすという迂遠で不毛な努力をしています。この変態的犯罪的なまでに、意中の人を追うというモチーフ、脳内あるいは現実的に探し求めるというこの行為は、恋というものを語る上でかなり重要になってくると思います。きっと読者の皆さんも好きな人を合法非合法のさまざまな方法で追いかけたことがあることと存じますが、そういう努力と、それが報われないこと、そして依然として意中のその人に心奪われているという事実、そういうことがその人の記憶を恋の思い出たらしめていて、本作では最後に、創作的なロマンスを用意することが、大いに読者のカタルシスに資する訳です。恥ずかしさや報われなさをも含んで作中で「私」が感じる疲労感や寂寞感と、そのあとのほんのすこしのロマンス、このビターな取り合わせが、読者の恋愛脳の部分を刺激して切なくも懐かしいあの感じを表現しています。

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

■追い求めるということ

 

恋の始まりの甘酸っぱさを本作が余すところなく表現していることは先に述べました。しかし本作はそれだけではなく、恋愛をさらにその先にある「青春」という漠然としたものの成功の鍵を握る試金石として捉えている節があります。「私」が未来を想像するとき、自分と後輩がうまくいった後のことを想像して、「栄光」という言葉が出てくるシーンがあります。

 

この危機的状況から彼女を救うことができれば、人生に栄光の新地平を切り開ける、と私は思った。そうに違いないのである。火のついた我が妄想は止まるところを知らず、彼女との初めての逢瀬からノーベル賞受賞に至る人生の未来の名場面集が走馬燈のように流れ、地に足の着かない華々しい未来予想の数々が、我が深い脳の谷間を埋め尽くした。

 

この感覚が非常に覚えがありました。恋愛がそれ自体として独立しているわけではなく、社会からの承認欲求や正しい行いの問題、プライドなどと絡んで(「私」が脳内で議論を繰り広げた時に、それらの問題に言及しているシーンがある)、結局恋愛が青春の成否を決定する問題となっているということがわかります。そういう感覚に覚えのある人は「私」が混沌とした青春の中でもがき苦しみ、泣き笑う様が、救いになり、在りし日の郷愁の呼び水となる作品だといえます。

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

--『夜は短し歩けよ乙女』まとめ--

 

本作は、

 

青春の混沌を巧みに表現していて、

恋愛初期の甘酸っぱさと、

恋愛の成否に全世界の命運が掛かった懊悩に共感できる

 

そんな作品です。

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

■関連する作品

 

本作と世界観を同じくする短編として、「四畳半神話大系」があります。こちらはアニメにもなっていて、キャラクター原案にイラストレータ中村佑介氏を迎え、おしゃれアニメとしての堂々の完成を見た作品になっていますが、短編のほうもおすすめです。