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スペースワールド魚氷漬け事件について

考察

■あらすじ

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掲題の事件が最近あったとききました。事件のあらすじを三行で言うと、

 

スペースワールド(テーマパーク)が魚を氷漬けにしたスケートリンクを作る

ネット民からキモいと批判殺到

キタキュウマン(ご当地ヒーロー)の「昆虫標本と本質的に同じ」発言に問題再燃、賛否両論

 

こんな感じです。詳しくはぐぐってください。「スペースワールド」、「魚」、「スケート」等のキーワードで検索してもらえればわかると思いますが面白いほど荒れてます。中立的な記事を探すのにも一苦労するほどの荒れ具合なので、詳細リンクを探して貼ることを諦めました。この事件は「意見を述べる」ということがどういうことなのか考えるのに適した事件だったので、本ブログで取り上げます。登場人物三人「スペースワールド」「ネット民」「キタキュウマン」の動向を考察した後、意見を述べるとはどういうことかをまとめます。

 


スペースワールド

スペースワールドはこの問題の根源である、「魚の氷漬けスケートリンク」を作成、一般公開しました。ネット民の批判を受けてからは、当該アトラクションを閉鎖、総支配人による謝罪公表と、炎上対応のお手本通りの対応を行っています。確かに「魚の氷漬けスケートリンク」なる企画は気持ち悪いと私も思います。やってても行こうと思いませんし、ネットで叩く人が出てくるのも理解できます。しかし、スペースワールド側がこの企画を打つ権利を有しているということはいえると思います。また、ネット民の批判を受けて、企画を中止する自由、ならびに批判を押して企画を続行する自由も有しているということもできると思います。

 

法律に違反していない限り自由が保障されているのが法治国家ですから、上記権利をスペースワールド側が有していることは当然です。この企画というのがそもそもスペースワールドに遊びに来たお客様に楽しんでもらう目的のものであって、ネット民の批判の度合いを見ると、批判も少数勢力と高を括る事もできずに、大衆感情に迎合する形で当該アトラクションを閉鎖する判断をした、つまり企画を中止する自由を行使したというのがスペースワールドの動向です。後の謝罪とあわせて常識的な対応だったと思います。

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法に触れない範囲で、悪趣味な企画を打つ権利、同企画を中止する権利、同企画を続行する権利を有する

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


■ネット民

この登場人物のやったことは単純明快で、要するに「気に入らないから叩いた」ということです。この企画のために尊い命を捧げた魚たちに思いを馳せ、義憤に駆られて書き込んだネット民がいる可能性は否定できませんが、そういう方は常日頃から、畜産業における食肉生産のための牛、豚、鶏の虐殺行為に憤られ、肉類を口にしたことは一度もなく、膨大な動物実験の上に成り立っている現代医療の恩恵にも一切与らずに今までの人生を過ごしてこられたことと存じます。ともあれここで重要なのは各ネット民の動機ではなく、この「気に入らないから叩く」という行為の是非のほうです。この「気に入らないから叩く」という行為、これはすべての人に認められた権利です。焼肉を食べたことがあっても、病院にいったことがあっても、スケートリンクに彩を添える目的で殺されるお魚さんがかわいそう!と主張することができます。

 

この「叩き」行為も、無論法律に触れない範囲の話です。叩きが嵩じて殺人や放火をほのめかす発言をしてしまうと、それが口からでまかせであっても容赦なく逮捕者が出ています。

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法律に触れない範囲で、気にいらないものを叩く権利がある

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


■キタキュウマン

キタキュウマンの発言については、ネット上に下記三つがあります。彼の発言をすべて読んだわけではないので、目に付いた下記三つの発言について考察します。

 

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これらキタキュウマンの発言はネット民の発言に対する反駁として用意されたもので、ネット民のダブスタっぷりを指摘する内容のものです。ざっくりまとめると、

 

論理的に発言せよ

気持ち悪いと思うのはいいけど、気持ち悪いからやめろといえるかどうかは、自分の生き方を振り返って考えろ

 

の二点が言いたいことのようです。私はこの主張は誤りだと思います。論理的でなくても、自身の生き方と照らし合わせて一貫性がなくても、気にいらないものを叩く権利は依然としてあると思います。彼が上記発言をどれほどのテンションで発言したのかはわかりませんが、論理性、一貫性がなければ意見として認めないというスタンスは誤りだと思います。あるいは主張がもっとマイルドで、「論理性、一貫性がないと自分は納得しないよ」というレベルのものであればこれは尤もだといえます。

 

彼の主張は誤りであるか、あるいは誤りと解釈する余地を含むものだと思いますが、彼が主張したことに関しては、これは何の問題もありません。論理性、一貫性のない発言をすることができるのと同様に、誤った発言をすることも許されていると思います。

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法律に触れない範囲で、間違った意見を言う権利がある

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

--『スペースワールド魚氷漬け事件について』まとめ--

 

一連の事件で、感覚としてネット民とキタキュウマンの主張に違和感というか気持ち悪さがありました。彼らの主張は、主張することは許されているのですが、主張から感じられる彼らの本心、かくあるべしという意図の部分が何か間違いを含んでいるような感じを受けます。考えた結果、彼らは、対話の相手が自分の考えに従うであろうと思っていると思われる点が気持ち悪さの原因だと気づきました。ネット民の批判を受けたスペースワールドは、自身の商売の特性から企画の中止を判断しましたが、これは相手がお客ありきのテーマパークだったからであって、たとえば対等な関係の友人関係であれば、ネット民自身のキモイという感覚だけでなされた批判は、友人に受け入れられることはないでしょう。友人はキモイと思わずにやっているのですから当然で、キモイキモくないだけでは議論は平行線です。その時に初めてキタキュウマンが言ったような、論理性、一貫性を持って批判することが必要になってくるのですが、それでも分かり合えるとは限りません。論理的には誤っていてもキモイものは依然としてキモイのです。ネット民は「自分が気持ち悪いからそれが人にも理解されて当然」、キタキュウマンは「論理的で一貫性のある主張は人に理解されて当然」と思っている印象を受けました。両者とも「人には自分の意見に従わない権利がある」という発想が抜け落ちていて、そこが気持ち悪さの原因だと思いました。

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人を自分の意見に従わせる権利はない

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆