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『ホテルローヤル』桜木紫乃著

本読みました。

ホテルローヤル桜木紫乃

 

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以下感想です。

■あらすじ

■「バブルバス」

■「えっち屋」

--まとめ--

 


■あらすじ

今は倒産し廃墟になったラブホテル「ホテルローヤル」、その開業から廃業までに生まれたドラマを切り取った短編集です。郊外で立ち枯れるラブホテルという舞台設定の中、不自由の生活の中に、一瞬の非日常と恍惚が強い光を放つ様がうまく表現された作品だと思います。「郊外のラブホテル」という素材に目をつけた作者のセンスに畏敬の念を禁じ得ません。


■「バブルバス」

この短編集の中で「貧困な日常と非日常の恍惚」という主題を最もよく現している短編は、「バブルバス」だと思いました。この話は、薄給の夫とともに三世帯の家族と暮らす主婦「恵」が主人公で、5000円の臨時収入が入ったことをきっかけにホテルローヤルに入ります。ホテルに誘う場面、ホテルの中でお風呂に誘う場面、その端々に、非日常とその快楽に戸惑いつつ手を伸ばそうとする恵の心情描写が巧みです。特に印象的な、夫をお風呂に誘うシーンから引用です。


「すごい泡。こんなお風呂、新婚旅行の沖縄以来だ。きもちいい。おいでよ」ためらいつつ「しんちゃん」と呼んだ。気恥ずかしさから思わず、体を泡に沈めた。

数日後、舅の死や夫の左遷の危機など、不自由な日常を繰り返しながら、恵は非日常のことを思い出します。非日常を憧れといつくしみを持って思い返す様が端的に描かれている部分として、家計を助けるためパートに出る提案を夫にするシーンから引用です。


でもさ、と恵みは続けた。「五千円でも自由になったら、わたしまたお父さんをホテルに誘う…(中略)…いい?」真一はもう寝息を立てていた。恵みはそっと、夫の冷たい手を握った。

夫の呼び方が「しんちゃん」ではなく、「お父さん」であることは、きわめて示唆的であると思います。恵にとって、日常の夫は「お父さん」であって、この部分から恵みは日常の側から非日常を思い返しているということがわかります。パートを増やすという方法で不自由な日常に立ち向かいながら、しかしそんな日常の中にはたまに目くるめく非日常の恍惚があってしかるべきだという静かな主張が、優しい筆致から伝わってくる素晴らしい短編です。


■「えっち屋」

この話は、ホテルを訪れる客側の目線ではなく、ホテルの受付「雅代」と出入りのアダルト玩具業者の営業担当「宮川」の淡い恋とその失恋、その後の再出発の話です。ホテルローヤルの閉店の日、恋愛経験が少ない受付嬢が、同じく恋愛経験が少ない営業担当を一夜の過ちに誘います。長年性の営みに仕事として携わってきながら、ホテルの部屋や自社製品の道具を使って遊べない不器用さが滑稽であり、しかしその滑稽さが受付嬢の想いの真摯さを際立たせます。失恋の痛みを受け止めて、未来に向かってホテルローヤルを後にするシーンは、からりと乾いてよく晴れた秋の日の情景描写と相まって圧倒的に爽快な読後感があります。行為が失敗するシーン、失恋のシーンからそれぞれ引用です。


「奥さんのこと、考えたでしょう」答えない男の背に手を伸ばし、引き寄せる。重みを全身で感じてみる。これ以上望んだら宮川が忘れられなくなりそうだ。

だいじょうぶ、ちゃんと出て行ける。すっきりと乾ききった胸奥に、心地よい風が吹き始めた。そよそよと明日へ向かって吹く、九月の風だ。

湿っぽい恋愛、失恋体験を持つ読者にとっては、自身の経験に重ねて少し笑って、過去の自分を浸潤されることなく肯定できると思います。爽快感あふれる素晴らしい作品です。

 

--まとめ--

 

全編において、ラブホテルという、アンダーグラウンドなイメージがある場所を舞台に、劣情という社会通念上のタブーが、人間的な、生き生きとしたものとして捉え直されていると思います。郊外にある寂れたラブホテルにも、誕生と存続、終焉にまつわる悲喜交々があり、そんなラブホテルを訪れる客の人生だって、やっぱり同じように、客観的に見ていいことが少なくても、誰にもうらやまれなくても、その中には本人たちにしかわからない達成感やこだわり、恍惚や救いといったものがあるということなんじゃないかと思いました。

 

 

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