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『狭小邸宅』新庄耕著

本読みました。

『狭小邸宅』新庄耕著

 

目次は下記の通りです。

■あらすじ

■見所1 - 会社にあわせるという闇

■見所2 - 一瞬のサクセスストーリー

■見所3 - サラリーマンの夢を売る仕事という闇

--まとめ--

 

 


■あらすじ

この話は、就職活動の怠慢できついノルマと暴力が蔓延する不動産業界に入った主人公が、成長するまでは生活に追いやられ、精神をすり減らし、成長した後は不動産業界の価値観が成長の過程で捨て去った自分の価値観と乖離しすぎていることに苦悩する様を描いた話です。


■見所1 - 会社にあわせるという闇

この話では、不動産業界は極端な理想を持った、人間的価値を軽視して会社の利益を徹底的に追求する社会として描かれています。主人公は前半その価値観にうまくなじむことができず、成績が上がりません。この悩みは仕事をしている人にとってかなり普遍的な悩みだと思います。多くの会社は(この話の不動産業界ほど極端ではないにせよ)、人間性よりも利益を重視していて、会社員のほとんどは人間的な扱いの中で仕事をしたいと思っていることでしょう。この話の不動産業界と主人公は、会社とサラリーマンの関係性のエッセンスが凝縮されているということができると思います。売れない主人公を見て、できる上司「豊川」が主人公にやめるように諭す場面があります。

 

==↓↓引用↓↓===========

 

遊ぶ金にしろ、借金にしろ、金が動機ならまだ救いようがある、金のために必死になって働く。人参ぶら下げられて汗をかくのは自然だし、悪いことじゃない。人参に興味がなくても売る力のあるやつはいる、口がうまいとか、信用されやすいとか、度胸があるとか、星がいいとか、いずれにしろ売れるんだから誰も文句は言わない。問題は強い動機もなく、売れもしないお前みたいなやつだ。強い動機もないくせにまったく使えない。大概、そんなやつはこっちが何も言わなくても勝手に消えてくれる。当然だ、売れない限り居心地は悪い。だが、何が面白いのか、お前はしがみつく…(中略)…自意識が強く、観念的で、理想や言い訳ばかり並べ立てる。それでいて肝心の目の前にある現実をなめる。一見それらしい顔をしておいて、腹の中では拝金主犠だなんだといって不動産屋を見下している。家一つまともに売れないくせに、不動産屋のことをわかったような気になってそれらしい顔をする。客の顔色を窺い、こびへつらって客に安いやさしさを見せることが仕事だと思っている。

 

==↑↑引用↑↑===========

 

無口で無感情な豊川のキャラがよく表れた、本質を突いた素晴らしい文だと思います。仕事でうまくいかない問題の原因がこの文の中で克明に指摘されています。結局、組織の価値観を否定して、仕事のために自分から動こうとしていない点において、仕事がうまくいかないということだと思います。


■見所2 - 一瞬のサクセスストーリー

主人公は豊川の指導の下、営業マンとしての基本を身につけ、売れるようになっていきます。豊川が主人公を指導する際の発言が、

 

==↓↓引用↓↓===========

 

お前はやはり営業マンに向いていないのかもしれない。だが、向いているいない以前に、営業マンとしてやるべきことがやれてない。…(中略)…まずは覚えるべきことを覚えろ、難しいことなんて言ってないんだ。お前ならそれぐらいできるだろ。

 

==↑↑引用↑↑===========

 

この発言の後、さまざまな基本を身につけ、実際に主人公が顧客に家を売るシーンがあります。営業としてのテクニックを駆使して顧客の購買欲や焦燥感をあおり、社長の言うところの「臨場感」を演出して契約成立というゴールまで持っていく様は、心躍るサクセスストーリーとして描かれていて、営業という仕事の光の部分を見事に描写していると思います。私は自分で営業にむいていないと思いますが、この部分を読んで営業の仕事が面白そうだと思いました。


■見所3 - サラリーマンの夢を売る仕事という闇

ノルマを達成できるほどに会社に適合した後、主人公は変わってしまった自分に苦悩します。主人公の営業相手は、管理職、経営者、医者等社会的に成功した人たちで、しかし彼らも自分の希望を100%満足させる家を買うことはできません。サラリーマンでありながらサラリーマン相手に夢と乖離した現実を売っているという仕事のありようが深い闇として描かれていると思います。そんな闇の深さを端的に現したのが、同窓会で主人公が知らない同級生と喧嘩するシーンです。

 

==↓↓引用↓↓===========

 

「嘘なわけねえだろ、カス。本当だよ。世田谷で庭付きの家なんててめえなんかが買えるわけねえだろ。そもそも大企業だろうとなんだろうと、普通のサラリーマンじゃ一億の家なんて絶対変えない。ここにいるやつは誰一人買えない。どんなにあがいてもてめえらが買えるのはペンシルハウスって決まってんだよ」

 

==↑↑引用↑↑===========

 

このペンシルハウスというのは、都心部の住宅街に建てられる狭小な邸宅で、庭付きの家に夢を抱いて不動産屋を訪れたサラリーマンが最終的に妥協して購入するマイホームとして描かれています。この話のタイトルが「狭小邸宅」である辺り、何らかの苦悩を抱えながらどうにか資産を作り、しかしごくありきたりな夢で妥協するしかない労働者階級の悲哀を感じずにはいられません。


--まとめ--

会社に合わせて変わることが、その会社の中では成長といわれます。この話の不動産会社では、家が売れるようになるのが成長であって、そのためにどんな非人道的なことをしても、あるいは人間的に必要な部分が育っていなくても、それは成長と呼ばれます。会社が個人の成長を認めたとき、それは肩書きや収入の増加という目に見える形で示されます。自分でも理解しやすく、他人にも説明しやすいがために、そんな自分の望む方向ではない変化に成長と名をつけて納得している人は多いと思います。この話ではその間違った成長の果てに、「狭小邸宅」を想定することで、会社が労働者に提供する価値観がいかに欺瞞的かを主張しているように思います。

 

 

 

 

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