join the にほんブログ村 小説ブログへ follow us in feedly

『蠅の王』ゴールディング著、平井正穂訳

無人島に不時着した子供たちが、集団生活を企図しますが破綻を来たし、暴力と破壊の中に飲み込まれていく話です。成行で指導者に選ばれたラーフが、救助のために理性的に秩序立って集団を統率しようとしますが、集団は瓦解し、当初の目的が完全に失われるまでを描いています。子供たちの集団における様々な概念を象徴的に表したアイテムが多く出てきます。

 

ほら貝

吹くと音が鳴る貝で、最初に無人島に不時着した子供たちを一か所に集めて集会を開く際に使われます。

 

一般の大勢は、漠としてただ隊長を選びたいという希望から、ラーフという特定の個人を拍手喝采とともに選ぼうという方向へ変わっていった。その立派な根拠は、誰にも見つけることができなかったろう。少なくとも、聡明さにかけては、ピギーに一日の長があったし、指導者らしい指導者は明らかにジャックだった。しかし、じっと腰を下ろしているラーフの落ち着いた態度には、何か彼をきわだたせるものがあった。体の大きさ、魅力的な容姿、ということもあった。それに漠然としてではあるが、最も強く作用していたものに、例のほら貝があった。ほら貝を吹いた存在、ほら貝という一種独特なものを両膝の上に抱いてこの高台の上で坐り、みんなの来るのを待っていた存在―――こういう存在は他の存在とは別格だった。

このほら貝は、言語化できないレベルでの大衆の嗜好、を表していると思います。

 

烽火、豚肉

海上を行く船に存在を気づいてもらい、救助してもらうためにラーフが烽火を起こそうとします。この烽火は、正しい行い、の象徴だと思います。この島での最終的な目的は、救助されることであり、その目的のために最も合理的、かつ必要不可欠なものはこの烽火です。しかし烽火は、火の番をする人間が必要で、また救助以外の役には立たない、つまりこの島で暮らしていくという点では無用の長物です。逆に豚の肉は、この島におけるもっとも贅沢な食材であり、そのための狩りはこの島で暮らしていくにあたってはもっとも価値のある活動です。本作の大きなテーマはこの長期的で正しい目的である烽火、それを主張するラーフ、ピギーと、短期的で間違った目的である、豚肉と豚狩りを主張するジャックとの対立です。

 

獣、蠅の王

子供たちの間で巨大な獣の存在が噂されます。島に住む獣は豚や鳥など小型のものばかりで、人間の害になるようなものはいないとラーフはいい、事実その通りなのですが、噂は絶えず、夜中に獣探索をする中で島の山の頂上に墜落したパラシュート兵の死体を見つけるに至り、獣の存在を全員が信じることになります。蠅の王はこの獣の存在を信じるという狂乱を象徴的に表すアイテムで、具体的に蠅の王とは、ジャックたちが仮で仕留めた豚の頭を、棒の先端に刺し、それに蠅が集ったもので、彼らはこれを獣への供物として作成します。その出自から言っても、吐き気を催すような見た目の醜悪さから言っても、大衆の無知と愚鈍による恐慌を効果的に表した象徴だと思います。

 

これらの蠅ときたら、黒くてぎらつくような緑色を呈し、数えることもできなかった。サイモンの面前には蠅の王が棒切れの上に晒され静まり返ってにやにや笑っていた。ほど経てついにサイモンは絶望的になって、うしろを向いた。白い歯と霞んだ目と血は、依然として眼中から離れなかった。

 

「獣を追っかけて殺せるなんてお前たちが考えたなんて馬鹿げた話さ!」と、その豚の頭はいった。その一瞬、森やその他のぼんやりと識別できる場所が、一種の笑い声みたいな声の反響にわきたった。「お前はそのことを知っていたんじゃないのか?私はお前たちの一部なんだよ。おまえたちのずっと奥の方にいるんだよ?どうして何もかもだめなのか、どうして今のようになってしまったのか、それはみんなわたしのせいなんだよ」

 

■結局

 

子供たちの生活は破綻を来たしますが、何がいけなかったのでしょうか。やはりラーフの指導力不足が原因の一つとしてあると思います。正しい目的を掲げつつもある種子供らしい思考力の欠如や諦めの良さが垣間見えるシーンがあります。

 

集会の時間が迫っていた。何か秘密をおおいかくすような夕日の光輝のただ中へ、一歩一歩進みながら、彼は慎重に演説の要点を検討しておいた。今日こそ、集会のことで過ちを犯してはならない、夢みたいなことを、あれこれ追及するようなことがあってはならない……。

表現する言葉を知らないために、考えが茫漠となってしまい、何がなんだかわからなくなった。渋い顔をしながら、もう一度考え直そうとした。

「すごいやつばかりよくも揃ったもんだな」と、ラーフはいった。「三匹の盲のネズミか!ぼくはもうやめたっと」

「もしきみがやめると」と、びくびくした声でピギーがいった、「ぼくはどうなるんだ?」

「どうにもならないさ」

 

また、外的な要因としては、反骨心豊かなナンバーツーである「ジャック」の存在、安きに流されやすい怠惰で無能な群衆がありました。のちに指導者の座を力で奪ったジャックがしていたようになかば恐怖政治のような方法で強く締め付けなければ、御せない集団だったのだろうと思います。ジャックに関してはまず狩猟隊という軍事力を彼に預けてしまったのが失策で、また烽火の番の失敗を糾弾したこともまずかったと思います。ジャックを使うなら組織の転覆をはかることのできない範囲の権限を委譲し、ある程度の自治を認めて、協力関係に近い緩やかな主従関係を築くべきだったのではと思います。

 

…いずれにせよこれらの内的、外的な問題は、組織で課題解決するときに必ずぶつかる問題だと思います。自分は社会人一年目のときの研修でやったグループワークが何一つうまくいかなかったときのことを思い出しました(笑)