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『変身』(カフカ著)解説

参考にするのは下記の論文です。

フランツ・カフカの『変身』について 一「虫」の大きさの考察一

 

■要するに

この論文では、作中の主人公が変身してしまった「虫」の大きさが場面によって伸縮していると指摘し、虫の体長はの大きさは、主人公と社会のつながりの大きさに比例するとしています。ストーリーとしては、部を追うごとに主人公と社会との関係は断絶していき、虫の大きさはそれに伴って縮小していきます。具体的には、1部で家に来た会社の上司が肝をつぶして逃げ出し、3部で家族にも愛想をつかされ、それに伴って冒頭では虫の大きさは人の背丈ほどもあるのが、終盤ではやや大きいカブトムシほどの大きさになっています。

 

虫の大きさは社会との繋がりの大きさに応じて変化している

 

■1部における主人公の心境

主人公が虫になるのは本作の一番初めですが、1部では、虫になった後も主人公は自分が選んでしまった仕事のつらさに思い悩んでいます。

 

「やれやれおれはなんという辛気くさい商売を選んでしまったんだろう。年がら年じゅう、旅、旅だ。店勤めだっていろいろ面倒なことはあるのだが、外交販売につきまとう苦労はまた格別なのだ。そのうえ旅の苦労というやつがあって、そればかりはどうにもならない。列車連絡の心配、不規則でお粗末な食事。それに、人づきあいだってそうだ。相手が年じゅう変わって、一つの付き合いが長つづききしたためしなしで、ほんとうに親しくなることなんかぜったいにありはしない。なんといういまいましいことだ」

 

この時の主人公は、「小さな社会(家族)と大きな社会(仕事)の中で生きている、あるいは生きていこうとして」いて、このとき、虫の体は、「ものすごく巨大」で、「大きさは一定」なのです。このときの大きさは、

 

後ろに聞こえる声は、この世にたったひとりの父親の声のようではなくなっていた。実際のところもうぐずぐずしていられなかったので―――ままよとばかり―――グレーゴルはしゃにむに敷居口へ胴体を突っ込んでいった。胴体の片側がドアにはさまれて上に持ちあがった。彼は部屋の戸口に斜めの姿勢で引っかかっていた。

 

という記述からわかる通り、ドア(ドアの大きさは明示的には示されていませんが、普通に考えると一般的な住宅の部屋のドア)の横幅を超えるほどの幅を持っていることがわかります。

 

■2部における体長の変化

食べ物を持ってきてくれる妹の態度に拒絶が現れている描写は、グレーゴルの意識の中で家族とのつながりが希薄化していく始まりであると説明されています。2部では、そのつながりの希薄化を端的に表す出来事が起きます。妹と母によって、グレーゴルの部屋の家具が運び出されるのです。

 

…四方の壁や天井を縦横十文字に這いまわるという習慣をつけて気晴らしをした。…妹はグレーゴルが考え出したこの新しい慰みごとにすぐ気がついて―――というのは壁や天井にねばねばした汁の跡が残るので―――グレーゴルができるだけ広く這いまわれるようにと思って、妨げになる家具、ことに用箪笥と書き物机とを取り除けてやろうという気を起した。

 

これを阻止しようとして、グレーゴルは自分の部屋にかかっている絵の上に居座り、それを運び出せないようにします。

 

…真っ先に何を救うべきかの見当をつけかねていたときに、もうがらんとしてしまった壁面に一つだけまだぽつんと例の毛皮づくめの婦人像がかかっているのが目にとまった。そこで急いで這いあがって、ガラスの上に上体を押しつけた。ガラスはグレーゴルの体をしっかりとささえて、熱い腹がひえびえとして心持ちがよかった。グレーゴルがいまこうしておおいかくしているこの絵だけは疑いなく誰にも持っていけまい。

 

これらの、「四方の壁や天井を這いまわる」「額縁に取りついておおいかくす」という描写から、グレーゴルの体長は一般的な額縁の大きさより少し大きい程度の大きさであると推測され、それは第一部の終了時点から考えると半分ほどの大きさに縮んでいるということができます。

 

■3部における体長の変化

三部で、これまでの家族からの拒絶の結果としてグレーゴルは自分自身が消え去らなければならない、という観念にたどり着きます。

 

感動と愛情をもって家の人たちのことを思いかえす。自分が消えてなくならなければならないということにたいする彼自身の意見は、妹の似たような意見よりもひょっとするともっともっと強いものだったのだ。

 

この心境は、彼自身も家族との絆が喪失されたことを実感していることを表しています。その時彼の大きさは、

 

「死んだ」と夫人は言って、たずねるように手伝い女の方を見あげた。むろん自分で確かめてみられたのであるし、確かめなくても見ればわかることであった。「まずそうだね」女が言った。証明するために箒でグレーゴルをわきの方へかなりの距離、突き動かしてみせた。

 

という記載から、年老いた手伝い女が簡単に突いてわきにどかせるほどの大きさ、つまりやや大きめの虫程度になっているということがわかります。

 

■著者の意図

著者であるカフカが、この虫の変化の仕掛けを意図して書いたのかどうかという点については、

 

カフカは出版の際、版元のクルト・ヴォルフ社宛の手紙で「昆虫そのものを描いてはいけない」「遠くからでも姿を見せてはいけない」と注文をつけていた。

 

- Wikipedia「変身」より引用

 

という記録が残っていて、これで説明ができます。上の要求したカフカは、虫が絵で描かれてしまって、虫の大きさそのほかのイメージが作品以外のところで規定されてしまうことを避けようとしていたといえます。つまり、カフカは虫の大きさに意味を持たせようとしていた、といえます。

 

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『変身』カフカ著 - H * O * N