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スタインベック『蛇』解説

下記のサイト(pdf)を参考にスタインベックの『蛇』について解説します。

 

ジョン・スタインベックの『蛇』について_中村正生 - 長崎大学学術研究成果リポジトリ

 

■あらすじ

 

この作品はフィリップス博士の研究所にやってきた女が、ガラガラヘビを売ってほしい、えさを食べるところを見たいという奇妙な要求をする話です。蛇が餌を食べるのを見る女は、蛇と二重写しのような所作を見せ始め、蛇が顎を外して口を開けて獲物を飲み込むとき、博士は恐怖で女の顔を見ることができずに目を背けます。女はまた餌をやりに来ると言い残したきり、二度と戻ってこなかった、という筋書きになっています。

 

蛇を買いたいという女

蛇が餌を食べているのを見ながら、不気味に蛇と二重写しの所作をする女

女の得体の知れなさが不気味

 

 

■蛇と女の酷似

 

女と蛇の類似点としては、

   - 所作の類似

   - 見た目の類似

の二点が指摘されています。

所作の類似では、あらすじで述べた通り、蛇が獲物を捕食する際の動作を女が不気味に真似始めるところの描写があります。

蛇はもう間近に迫っていた。頭を砂から数インチもたげた。その頭は、ゆっくり前後に動いて、ねらい、距離をはかり、そしてまたねらった。フィリップス博士は、またちらと女の方を見た。彼は気分が悪くなった。彼女の頭も、それほどはげしくなないが、かすかに前後に動いていた。

…(中略)…

女の口の両端がふたたびめくれあがった。彼女は蛇に視線をかえした。「食べるところを見たいんです」

蛇は、ふたたび隅から出てきた。首は襲いかかるような曲げ方をしていないが、襲撃されればすぐにも飛びかかれるように、用心深くネズミに近づいた。ずんぐりした鼻さきで、そっと鼠の体を頭から尻尾までなでまわした。まるで鼠の寸法をはかって接吻しているように見えた。最後に蛇は口をあけて顎の両端をがくりとはずした。

フィリップス博士は、ともすれば顔が女の方を向きそうになるのを意志の力で食いとめた。(もし彼女が口をあけていたら、俺は気持がわるくなるだろう。恐ろしくなってくるだろう)と彼は思った。

見た目の類似については、

背の高い、やせた女が戸口に立っていた。地味な黒っぽいスーツを着ていた―――平たい額を浅く残して生えている縮れていない黒髪が、風に吹かれたように乱れていた。

…彼は戸口から身を引いた。背の高い女は、するりとはいった。

彼女はテーブルの方を見向きもせずに彼を見ていた。その黒い眼は彼に向けられていたが、彼を見ているようにも見えなかった。

フィリップス博士は、いらだたしく振り向いた。女はそばに立っていた。女が椅子から立ち上がる音に、彼は全然気づかなかったのだ。

という風に、服装や身のこなし、目の色という点で女が蛇と一体であるということが入念に描かれています。この執拗なまでの描写が、女の不気味さ、博士が感じた恐怖を読者に的確に伝えるのに一役買っています。

 

執拗なまでに女と蛇の類似点を描写する

 

■生き物を殺す理由

 

フィリップス博士は、学術的関心のために動物を殺すことにためらいを持っていません。この作品の冒頭で、博士が食事をとりながら猫を毒ガスで殺し、ヒトデの受精卵を殺して変化を見る実験を行うシーンはそれを象徴的に表しています。きわめて事務的に無感動に一連の実験を行うフィリップス博士ですが、女が蛇に鼠を食べさせたいといったとき、鼠を殺すことに強いためらいを覚えます。

フィリップス博士は動揺した。彼は何を見ているとも思えぬ女の黒い目を避けようとしている自分に気がついた。蛇の檻に鼠を入れることが、たいへんまちがった、ひどく罪深いことのような気がした。

「鼠を入れてください」と彼女は言った。彼は、しぶしぶ鼠のかごの方へ行った。どういうわけか鼠がかわいそうでならなかった。こんな気持ちは、はじめてだった。彼の目は、こちらに向かって金網をよじのぼってくる白い体のかたまりに向けられた。(どれを?)と彼は考えた。(どれにしたものだろう?)

参考サイトによると、これは、フィリップス博士の科学者としての永年の信念である、生物を殺すときは学術的関心があるべきであるという命題と彼女の要求との対立と説明されます。学術的興味以外の「快楽」のために一匹の生き物も虫も殺さなかった博士が、女の、純粋に快楽からくる要求に屈して一匹の鼠を犠牲にし、そして博士が女の応対をしながら進行していた実験は失敗します。この実験の失敗は、信念を失った博士が一時的に出あれ科学者として失格する様であると説明されています。

 

博士の科学者としての失格は、女の行動が得体のしれない快楽への衝動からのものであると物語る

 

■色彩の表現

 

この作品では黒が多用されます。女は全身黒づくめであり、印象的な「何も見ているとは思えぬ」瞳の色は黒です。また、博士が猫を殺すために使った箱の色も黒、実験に失敗したヒトデを捨てる先は「足元の黒い水」です。そして博士が罪悪感を感じつつ犠牲にした鼠の色は白であり、このことは「白(鼠)を飲み下す黒(蛇)」という、黒のevilな一面を強調し、読者により一層の強烈な不気味さを印象付ける仕掛けであると言えます。

 

「白を飲み下す黒」という、黒のevilな一面

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

この短編に収録されています。