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五月の処刑

ふと気がつくと、どうやら実家の庭に立っていた。季節は春から夏の間、5月頃かと思われ、晴れた空から明るい日差しが降り注いでいて、眩しさに目を細めて、あたりを見回した。庭の真ん中には何人かの兵士がいる。みんな薄い緑の軍服を着ていて、雑兵は黙って直立して、随分と若い将校、彼の帽子は他の兵士と違った形をしていたから、私はきっと彼の地位が高いと思ったし、事実彼がその場を取り仕切っているように見えた、が、「あなたは反逆の容疑で処刑されることになりました」と告げた。彼はその詳細を、私の高校の同学が同様の罪で処断されたこと、同学を捜査する中で私が高校の時に書いた何かの文書が目に止まったこと、などで説明した。彼は続いて束ねられた紙を差し出して、受け取ってみると、私の同学が書いたと思しき反戦ビラや、声明文のような書類の中に、なるほど私が高校の時に書いた文章が混ざっている。こんな形で取り沙汰されるとは知る由もなく、自由にのびのびと、極めて無責任に書かれている。私は文章の取り合わせがやや間抜けであると感じ、また先の宣告の衝撃に数歩後ずさり、ガレージの柱に寄りかかってかろうじて立っていた。「処刑は銃殺にて行います。バルカンで一瞬だよ」と若い将校が宥めるように言った。

 

私はどうすることもできずに立ったまま、後ずさった時の衝撃が、まず脱力感のような悲しみへ、次いで痛みに対する恐怖と動揺へと、変わっていくのを感じた。一呼吸遅れて、父母や家族、恋人との別れが避け難く迫っていることの無念が私を襲った。母は家族を、とりわけ私と私の兄弟を愛しているから、さぞ悲しませてしまうだろう。彼女とは結婚の約束をしていたが、約束を破ることになってしまった。実家に帰った折に両親と会うこと、恋が終わっても一緒にいること、そんな当たり前で平凡で、当然過ごすものと思われた日常が、にわかに懐かしく輝きだし、それがもう手に入らないと思うと、悔しさで一杯になった。

 

私は彼らに手紙を書かないといけない、と思ったが、処刑の前に手紙を書く十分な時間はもらえないだろう。みんなに一言言うだけで精一杯に違いない。とにかく時間を作らなければ、そう思い、「トイレに行かせてくれ」と言った。若い将校はこちらを見ずに、タバコに火をつけながら、「いいよ」と短く答えた。

 

どうやって庭からトイレまで移動したかは覚えていないが、私は実家のトイレに入っていた。生まれた時から見るとはなく見た青いタイル張りの床、小さい窓、狭い個室にひとつきり置かれた便器に腰掛けている。床を見ると、お菓子の包み紙が散らばっている。きっとこれは父の仕業で、再三注意しているのに、また今度会ったときに注意しなければ…。