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ラフ・メイカーにみられるリアリティ

■【前置き】創作におけるリアリティ

 

先日友人と話しているときに、創作が名作たり得るにはリアリティが必要である、という話が出ました。このことには確かに同意できるのですが、それがなぜそうなのかというところについてはその時はわかりませんでした。このことを前置きで記載するのは、この曲を考察した時に、先述の、創作の中のリアリティということがより明確に意識されたからです。順を追って説明します。

 

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■『ラフ・メイカー』

 

この曲、BUMP OF CHIKENの『ラフ・メイカー』は、泣いている人のところに「ラフ・メイカー」と名乗る人がやってきて、おっちょこちょいで不器用ながらも泣いている人をどうにか励まして、最後には泣いていた人を笑わせることに成功するという筋書きになっています。

 

この作品の筋書きを考えたとき、ここには一見して、先述の意味合いのリアリティは存在していないように見えます。最初にこの曲を聴いた時に自分はそう感じました。その最たるものとして、登場人物がともに男性という点が不自然で、ラフ・メイカーが泣いている人を笑わせようとする行為の動機が不明瞭である点が挙げられます。この曲が発表された当初は、まだ「腐女子」「BL」という概念も生まれていなかったと記憶していますし(その領分に収まればリアリティを感じられるかというとそうでもありませんが)、J-POP的な文脈でいえば「泣いている甲を慰め元気づけようとする乙」という構図は、甲が女性、乙が男性であることが自然だ(すなわちリアルである)と感じます。

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『ラフ・メイカー』の筋書きには、一見リアルがない

 

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発想の転換によるリアルの発見

 

一見してリアルの範疇から外れているかに見えるこの曲ですが、創作としての完成度、聞き手に対する訴求力は極めて高い、名作であると感じます。リアリティのなさと曲の完成度、この矛盾を考えたとき、一つの別の視点を思いつきました。

 

すなわち、このストーリーが、

一人の人間(作中の泣いている人)の心の中の動きである

と解すると、そこには紛れもなくリアルが存在していることに気づきます。

 

その前提でストーリーを追っていくと、まず泣いている甲のところに、慰めようとする乙がやってきて、言葉をかけますが、甲は「そんなもん呼んだ覚えはない」と突っぱね、それを受けた乙は「非常に悲しくなってきた どうしよう 泣きそうだ」といい、実際に泣き出してしまいます。慰める側が逆に泣いてしまう豆腐メンタルなのがコミカルな描写ですが、それだけではなく、一人の人間の心の動きだとするなら、大きな悲しみに見舞われたとき、悲しいという心の作用と、慰めるという心の作用が、そろって泣き出してしまい、心のなかが悲しみ一色になってしまう状況というのは非常にリアルです。

 

そして泣きつかれた甲に、乙が突きつけるのは「小さな鏡」で、「あんたの泣き顔笑えるぞ」といい、甲は「あきれたが なるほど笑えた」わけです。この解決方法は、十分悲しんだ後に、悲しんでいた事柄やメソメソしていた自分自身を思い出して、恥ずかしいようなおかしいような気分になるという、いかにもリアルな心の動きを指していると考えられます。

 

そして結局、構造的な問題として、「悲しみを伴う出来事」に悲しいという心の作用が泣き、慰めるという心の作用が苦労や失敗を重ねながら、時間をかけて、やがて悲しみを伴う出来事が大丈夫な事柄に変容していくというそのプロセスが、紛れもないリアルであると感じます。ここに至って、甲と乙がともに男性であり、口調まで似ているという舞台設定は、不自然さの源泉ではなくむしろ、リアリティを演出するための要請であったということができます。

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舞台設定をそのまま見るのではなく、ひとりの人間の心の動きと解する発想の転換でリアルが生まれる

 

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■創作におけるリアリティ

 

そういう風に考えて、リアリティを認識できるような状態になると、曲の聴いた時の感じ方にも変化があることがわかります。つまり、曲の内容が、『BLテイストの架空の登場人物の話』ではなく、『悲しみに暮れているときの自分の話』になるのです。創作の中の喜怒哀楽が、自分の経験の中のそれと近いものであって、創作でそれらが語られることは、そういう過去の感情のフラッシュバック、感じ直しになっていると思います。

 

結局リアリティが名作の条件であるというのはそういう事だと思います。リアリティの有無は、その作品に受け取り手がどれだけ作品に感情移入できるかを決定する要素であり、「感情移入」あるいはその前段階の、「感情移入するに値すると感じること」が、その作品を名作と認識することの条件、あるいは、名作の定義に近しい感覚なのではないかと思います。

 

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■まとめると、

 

『ラフ・メイカー』は一人の人間のリアルな心の動きを寓話的に表現した物語を持った曲

 

であり、

 

リアリティは、受け取り手が創作作品に感情移入する際に必要な要素であり、感情移入しようと思う感覚並びにその体験は、その作品を名作であると感じることに近しい

 

ということになります。

 

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今回紹介した作品(が収録されているアルバム)はこちらです。

 

 

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