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『破獄』吉村昭著

本読みました。

『破獄』吉村昭

 

以下感想です。

■あらすじ

■みどころ

■中間管理職の悲哀

■佐久間

--『破獄』まとめ--

 

■あらすじ

 

難攻不落と言われた網走刑務所を含み四つの刑務所の破獄(脱獄のこと)を成功させた無期懲役囚「佐久間」の生涯を、戦前~第二次世界大戦敗戦までの時代背景の中で描いた作品です。

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

■みどころ

 

超人的な腕力と体力、卓越した頭脳を持ち、幾重にも厳重に警備された刑務所を鮮やかな手法で破る主人公佐久間の活躍が面白いです。脱獄モノとしては「ショーシャンクの空に」が有名ですが、あれも才能豊かな主人公が自身の能力を十分に発揮するさまが見どころになっていると思います。刑務所の囚人は自身の身体と頭脳以外には何ら頼るものがなく、また檻や手錠などの戒め、看守や囚人からの暴力といった脅威に囲まれているという状況にいます。そんな中自身の持てる能力で状況を打開して、ついには状況そのものの象徴である「刑務所」を破るに至ってゴールを迎える脱獄の過程は、人間の可能性を感じさせる魅力的なテーマたり得ると思います。

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孤立無援の逆境にいる囚人の活躍は人間の可能性を強調する

 

また戦時中、敗戦直後という異常な社会情勢をうかがわせる当時の習俗に言及した部分もあってトリビア的な面白さがありました。例えば例を挙げると…

 

★戦時中の食糧難の際、囚人は看守よりも食事の量が多かった

 

これは食料の減量を行うと刑務所内の情勢が不安定になり、集団逃走や暴動が発生する危険性があったためです。戦時中多くの男性は出征してしまい、看守は慢性的な人手不足という問題を抱えていて、暴動の規模によっては鎮圧が不可能なことも考えられたので上記のような措置になったようです。

 

★囚人の食事は量が多かったが、穀物中心で野菜や肉が少なかったので、栄養失調による死亡率が高かった

 

国民は配給される穀物などの炭水化物の量こそ少なかったのですが、野山や川で魚や野草を採取して食していたので囚人よりも栄養状態は良かったそうです。

 

★刑務所では囚人の就寝時、布団を頭からかぶることは禁止されている

 

夜の間に囚人が自殺してしまうことを防ぐための措置だそうです。

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

■中間管理職の悲哀

 

この作品は基本的に佐久間と彼を担当する看守たちの闘いの記録なのですが、看守たちの苦労が大変同情的に描かれています。先に述べたように食事も囚人より少なく、給料も非常に安く(戦時中では軍事工場勤務の約半分との記載があります)、人手不足により慢性的な過剰労働であり、治安維持の使命感がないとやっていけない仕事であることがうかがい知れます。戦後は占領軍の指導が入り、囚人に過剰な体罰を加えたとの疑いからアメリカ人上司からの圧力がかかり、ここに至っては中間管理職の悲哀が感じられます。

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看守も楽じゃない

 

脱獄モノにおいては克服されるべき存在としての看守の、苦労や悲哀の部分を積極的に描くことで、のちに生まれる佐久間と看守の人間的つながりによりリアリティが生まれ、その工夫がこの作品をただの脱獄エンターテインメントとは一線を画した存在にしていると思います。

 

敵側の苦労が描かれて作品に深みが出る

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

■佐久間

 

本作の主人公は、超人的な脱獄を何度も成し遂げる天才として描かれています。その腕力、体力は、「手がかりがない3メートル超の壁を上る」「手錠の鎖を素手で引き千切る」「頭しか出ないような小窓から脱出する」「味噌汁を手枷の釘に長期間垂らして腐食させ破壊する」などの人間離れした技で描かれています。またその頭脳は、「一目見ただけで刑務所内の建物の配置を覚え脱出の戦略を立てる」「監視の目を天窓に引き付けつつ床をくりぬいて脱出」「脱獄後逃走中の窃盗で足がつかないように衣類や食料を複数の民家から少量ずつ盗む」「家で待ち伏せする刑事を逆に監視し、包囲網が解かれるのを確認してから帰宅」などの逃走手法からうかがい知れます。

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超人的な身体能力と卓越した頭脳

 

佐久間は能力を生かして脱獄を成功させるのですが、その反面、つらい少年時代を持ち、脱獄騒ぎで郷里に帰ることはできず妻子にも面会を拒否されているという不遇な面を持った人物として描かれています。脱獄を繰り返す動機も再逮捕に至る経緯も一貫性を欠き、優しさに飢えているが人のやさしさに触れたときは猜疑心が先に立ってしまう屈折した彼の内面が、脱獄という不毛な事業へ彼を駆り立てるという背景設定がされています。

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暗い過去のせいですっきり生きられない

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

--『破獄』まとめ--

 

結局佐久間は輝かしい脱獄の実績をあげ、一部マスコミや民衆に神格化されもしますが、最後は孤独のまま心不全でひっそりと息を引き取ります。『ショーシャンクの空に』では脱獄犯は悪者の刑務所長の隠し預金を奪って南国の楽園で刑務所仲間とホテルを経営してのんびり暮らすというハッピーエンドになっていますが、この作品では脱獄と再逮捕を繰り返し、犯人の暗い過去の面に焦点が当てられ、最後は仮釈放中に孤独に死ぬという、哀愁を感じさせる寂しいエンドになっています。脱獄という同じモチーフを用いていても、とらえようによっては「不自由や戒めからの解放」とも見えれば、「社会不適合の闇、孤独」という風にも見えるということが端的にわかります。

 

この『ショーシャンク的』な見方と『破獄的』な見方は物事の両面を見たにすぎず、脱獄という中立の事象はその両方の要素を併せ持っています。どちらの面を見るのがいいかは人それぞれだと思います。社会への帰属意識が社会から強いられる不自由に勝る場合は破獄的な見方があっているでしょうし、そうでなければショーシャンク的な見方があっていると思います。

 

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■関連する作品

 

今回言及した作品は下記の二つです。

 

 

 

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