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『きことわ』朝吹真理子著 感想

本の感想

本読みました。

『きことわ』朝吹真理子

 

以下感想です。

■あらすじ

■作品のテーマ

■絡み合う髪の描写

■短い夢の描写

--『きことわ』まとめ--

 

■あらすじ

 

幼少期、葉山の別荘でともに過ごした「貴子(きこ)」「永遠子(とわこ)」が、別荘の取り壊しのために25年の時を経て再会し、別荘を片付けながら当時の暮らし、今は亡き母(春子)のことを思い出していくという話です。

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

■作品のテーマ

 

この作品のテーマは「記憶」、あるいはそれと同義な意味合いにおける「時間経過」だと思います。2013年、新潮文庫より発行された文庫版の末尾に付されている町田康氏による解説では、

 

それは普通は、フツーに凡庸で甘美な追憶に過ぎない。言い換えれば誰もが見る脈絡のゴミ、単なる夢に過ぎない。しかるに作者はそれを見事な小説にした。…(中略)…本書においてはその奇蹟が全頁に顕現している。

 

とあります。極めて正鵠を射ている解説だと思います。本書では入眠時、あるいは起床前の意識が混濁した状態で登場人物が認識した光景が描写される箇所がいくつかあります。後に述べる髪の毛を引っ張られる錯覚や、出会っていない相手の浴衣の柄を言い当てる透視の描写など、作品全体を通して夢と現の境界線が曖昧な印象です。その印象こそが、「脈絡への抵抗」である夢を描くのに適した舞台背景をセッティングする作者の狙いなのだろうと思います。出来事、脈絡の羅列であった記憶が、物語を通して合理性を失い、逆に脈絡のない夢として捉え直されることで、人生の一部としての命を取り戻していくような感覚が深い味わいを有しています。

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出来事の羅列である記憶を、人生の一部として捉え直す

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

■絡み合う髪の描写

 

貴子と永遠子がそれぞれ一度ずつ、何かに髪を引っ張られ訳がわからず戸惑う描写があります。ところどころに、ふたりの身体や髪の毛が絡まりあう描写が差し挟まれ、幼少期の父代わりであった「和雄」から、幼い頃別荘で眠っている二人の髪の毛が、部屋の隅の闇と同化して、まるでつながっているように見えたという話を聞かされます。闇と同化し絡まりあった髪は、二人が一緒に過ごした時間の象徴であり、25年後に再会した二人が髪を引かれる幻覚を覚えることは、その幼少期の想起を意味すると解されると思います。ここで指摘するべきなのは、髪を引かれるシーンが貴子の場合片付けの最中、永遠子の場合買い物の帰り道と、何の脈絡もない日常のワンシーンであるということです。記憶の無意味に属する部分に焦点を当てることで記憶を人生の一部として復権させることがこの描写で試みられていると思います。

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記憶の無意味に属する部分に焦点を当てることで記憶を人生の一部として復権させる

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

■短い夢の描写

 

貴子が別荘の片づけを終えて、疲れ果てて帰宅し、湯船に使って転寝をした時に見た夢の描写が印象的です。

 

すっかり更地となっている。門も敷石もとりはらわれ、どこが居間であったか、廊下であったか、捨てきれなかったものひとつなく、四方をめぐる草木と平した土だけがそこに家があったことを示している。気配も面影も立つことはない。夜が来ては明け、日によって晴れたり曇ったりし、雲量によっては雨も降り、音もなく雪が垂れる。更地から生え始めた草木は、季節によって、枯れては芽吹き陽がのびればそれだけ茂る。果実は熟れては落ちる。そうした天象の一瞬一刻がくりかえされることなくくりかえされる。

 

亡き母春子の思い出がある別荘が更地になって、そこに当時の思い出を示すものは何もなく、季節による時間経過だけが存在する描写です。思い出の別荘がなくなったことで、記憶は時間経過とともに失われていくという意味の描写かと思いきや、四季の移り変わりを説明する表現で、本書の冒頭、永遠子の述懐に見られる「雲量」という言葉、貴子と永遠子にとって思い出のある雪の結晶の描写などが使われています。作者はこの部分で、時間経過を認識する人間だけがある様を書きたかったのではないかと思います。全人類にとって等しく訪れる時間経過が、見る人によって千差万別に解釈され、その解釈の違いは合理性以外の夢や印象によってなされているのだということが、この描写の最後の「くりかえされることなくくりかえされる」という表現なのだと思います。

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時間経過を認識する人間が存在しているということ

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

--『きことわ』まとめ--

 

まとめると、本書の見所は、

 

出来事の羅列である記憶が、人生の一部として印象を取り戻す様

時間経過で人や者が失われても、認識する自分はなおも存在している様

 

ということだと思います。

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

きことわ (新潮文庫)