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『クドリャフカの順番』米澤穂信著 感想(1/2)

本読みました。

クドリャフカの順番米澤穂信著(1/2)

 

以下感想です。

■本作のテーマ

福部里志の期待

■大河内先輩の期待

■田名辺治朗の期待

--『クドリャフカの順番』まとめ--

 

 

■本作のテーマ

 

本作のテーマは「期待」です。ここで言う期待は前向きなものではなく、自身の能力に関する諦めが根底にあります。なので自身の能力に関する自覚を扱っていた前作『愚者のエンドロール』とテーマ的には地続きで、能力という問題を自身の内部から観測するか、他者との比較によって観測するか、その見方の違いであるといえると思います。本作の福部の発言にこうあります。

 

期待っていうのは、諦めから出る言葉なんだよ。…時間的にとか資力的にとか、能力的にとか、及ばない諦めが期待になるんだよ。

 

本作では自身の能力に諦め他者の才能に期待する人物が何人か描かれています。本作の登場人物である、福部里志、大河内先輩、田名辺治朗の三人の期待について考察して、期待とはどういうことかを考察します。

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本作のテーマは、自身の能力への諦念の結果としての他者への期待の感情である

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

福部里志の期待

 

この登場人物は、本シリーズでは天才として描かれている折木の友人で、本作では折木に期待し、かつ折木に仄かなライバル感情を抱いています。この友情と敵対が混ざり合ったふたりの関係と、その間の「微妙な男心」は本シリーズ全体で散見されるモチーフであり、本作ではそれが存分に描かれています。本作で福部は、千人の容疑者の中から今回の事件の犯人を特定することは折木の推理では不可能だと考え、現場で犯人のミスと現行犯の確保を狙う方法で折木に代わって犯人を挙げようとしました。結局犯人は折木が千人の容疑者の中から推理で見つけ出してしまうのですが、アニメ版では推理で犯人を見つけようとする折木に対する動揺や、犯人を特定して手がかりを紐解く折木の推理を聞くときの敗北感、すべて終わった後、データベースは結論を出せないと笑ってみせる様子、と「微妙な男心」を描く試みが十分になされていると思います。

 

周囲の神高生に聞こえてもいいような声量で、僕ははっきりと言った。なにしろこれは、誰に聞かれても恥ずかしくない、確実なことなんだから。そうとも。

「データベースは結論を出せないんだ」

摩耶花が、寂しそうに笑った。

 

「データベースは結論を出せない」という言葉、これはシリーズ一作目から福部によって語られる彼のモットーなのですが、これは、彼なりの諦念の表現なのだと思います。前作において、文化祭で開催されたクイズ大会に出場し、危なげなく予選を通過して優勝を目前にするほどの卓越した知識を持ちながら、なお結論を出せないと自認するのは、折木の天才的な推理を目の当たりにして、自身の運や直感も含めた推理能力において負けを意識し諦めざるを得ないからだと思います。福部が自身の生き方に至った経緯とその苦楽をかたるのは、後の作品『遠まわりする雛』に収録の「手作りチョコレート事件」においてです。本作では自身の可能性を諦め、物事にこだわらなくなった福部の挫折が描かれています。

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天才的な友人を持ち、自身の可能性を諦めてしまう福部

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

■大河内先輩の期待

 

彼女は漫画研究会に属し、高い漫画の技量を有しているのですが、自分よりよっぽど情熱に欠けるが才能に恵まれた友人が執筆した漫画「夕べには骸に」を読み、敗北感を抱いてしまいます。そして彼女は、「どんな作品も、主観の名の下に等価である」と、評価すること自体を放棄してしまいます。この態度は、漫研の後輩「伊原」に問い詰められて、「夕べには骸に」を読んだ際の敗北感から逃げるために、名作という概念の存在を否定する方法でプライドを防衛した結果であることを語ります。ただ負けを認めないのではなく、作品を測る尺度のほうを否定するところにオリジナリティがあると思います。

 

読めばわかる。そう言ったね?そうだね、わかるよ。わかっちゃうんだ。でもほら、そういうの、認めたくないでしょ。

あんたなら、どうよ。あんまり漫画読まないねって思ってた友達がさ、初めての原作でさ、それを書いたとしたらさ……。ねえ、洒落にならないと思うでしょ

 

また、先輩は、「夕べには骸に」を読むつもりがないこと、その理由を告白します。

 

折角手に入れたのに悪いけど、あたしそれ読まないから。…だってさ、ほら。

読んじゃったら電話しちゃうじゃない。でも電話して、『読んだよ、あんたの。すごいじゃない!次のも期待してるね!』とか、言えないじゃない。ねえ?

 

自身のプライドを守るために友人や、友人との関係性を傷つけることになってしまうと予感して、あくまで名作の存在を否定する大河内先輩の心中が、上記の独白で見事に描写されています。厳密には、大河内先輩は友人に期待してはいません。うすうす感づいている自身の敗北を強引に認めないことで、かろうじて自分の才能に諦念を抱くことなく、漫画を描き続けていられているのです。自分でもそれと分かるほどの暴論に拠って立ち、かろうじて努力を続ける様子は、夢を諦めてしまうことに勝るとも劣らない哀愁を有しています。

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天才的な友人を持ち、自身の敗北を認めない大河内先輩

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

長いので一旦切ります。次記事↓

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