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キラキラネームについて

考察

■あらすじ

登場当初は一過性のブームに終わるかと思われていたキラキラネームですが、なかなか沈静化の兆しを見せないようです。ネットではあまりに難解な名前や、珍しい意味を持たせた名前を笑い話として取り上げたり(1)、親類縁者が自身の子供にキラキラネームを命名しようとしたときの効果的な止め方を指南するサイトがあったり(2)という状態のようです。珍しい名前は興味を引きますし、親がエゴで名づけたと一見してわかる名前はある種アンタッチャブルな嫌悪感をも有していると思いますが、「なぜ」キラキラネームがいけないのかと問われるとこれは意外に複雑な問題です。以下でなぜキラキラネームがいけないのかを考えます。

 

(1)

キラキラネーム・DQNネーム・珍名まとめ - NAVER まとめ

 

(2)

キラキラネーム・DQNネーム対策室

 


■子供の将来に悪影響

きらきらネームに対する上記批判は、先に紹介した「親類縁者が自身の子供にキラキラネームを命名しようとしたときの効果的な止め方を指南するサイト」にて指導されていた批判で、キラキラネームの子供はいじめのリスクが高くなるばかりでなく、学校への入学、会社への就職の際の選考で不利を被る可能性があるということは、先述のサイトでも指摘されているところです。この批判は正論で、子供の将来を考えない親のエゴは先に述べた嫌悪感の一部だと思います。この批判はキラキラネームへの対応という点では最も正解に近いかもしれません。しかしキラキラネームへの嫌悪感の回答という意味では正解そのものではなく飽くまで正解の一部といった印象です。

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キラキラネームは親のエゴの発露である

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


■40才、50才になった時にその名前だとおかしい

この批判はネットの掲示板で感情的になったユーザがしばしば発言しているのを見たことがあります。キラキラネームでなくとも40、50才にふさわしくない名前は存在するので(40才、50才は「子」ではないので、女性の名前の「〇子」というのは40才、50才にふさわしくない名前であるといえると思います)、批判としては的外れなのですが、名前がその人の本質を表わしていないことに対する違和感は理解できますし、その違和感はキラキラネームに対する嫌悪感の一部のように感じます。

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キラキラネームは子供の本質を表わしていない

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


■常識的に考えておかしい

キラキラネーム関連の話題ではよく日本の人名の変遷が紹介されます。昔は人名というと「道長」とか「頼朝」とかで、「直樹」とか「大輔」とかも登場当初は当時で言うキラキラネームだったんだ、というようなことが言われるわけです。キラキラネームの嫌悪感の一部に、そういう変化に対する嫌悪感のようなものが含まれているという指摘は、確かにそうかもしれません。その歴史的背景を考えれば、過去の時点においてキラキラネームとされ、世代交代に助けられる形で確立された既存の命名大系に則って新しく生まれた命名大系をキラキラネームと批判することは、歴史的な悲劇の再演に他なりません。この切り口からキラキラネームを批判するのは筋が悪そうです。

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キラキラネームに対する嫌悪感には変化に対する嫌悪感を含む

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

--『キラキラネーム』まとめ--

 

ここまで紹介したキラキラネームに対する批判はどれも部分点的で、結局キラキラネームに対する批判は、様々な意見を統合して一般論的に批判するのではなく、極めて個人的見地から批判するのが一番しっくりくると思います。つまりキラキラネームが表わす価値観(若者的、DQN的な価値観)に価値を見いだせない、個人的に気持ち悪いということです。そういう意味ではキラキラネームでなくても価値を見いだせない名前というのはあります。競争原理の中の比較優位を表わす価値観に基づいたものや、社会貢献、他者貢献を至高とする価値観などですが、そういう名前の人がいても不思議と違和感は感じません。そう考えると、キラキラネームの嫌悪感は「名付け」という行為が背負う、価値観の押しつけ、エゴといった業が奥底に存在していて、そこに付加的に先述の「変化に対する違和感」が乗っかっているような形をしている、かつ、キラキラネームが認識された際にはわかりやすい「変化に対する違和感」がまず認識され、キラキラネーム問題の起爆剤になって、いったん炎上してからは、古くから存在する「名付け」という行為の深い業が問題に燃料を供給し続けているといった状況なのではないかと思います。

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キラキラネームの問題は、名付けという行為の業の問題が本体で、「変化に対する違和感」がそれに従属する形をしている

 

下記記事で名づけるという行為の業についてさらに考えています。

名づけという行為について - H * O * N

 

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