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『イン・ザ・プール』奥田英朗著

本読みました。

イン・ザ・プール奥田英朗

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以下感想です。

■あらすじ

■コンパニオン

■フレンズ

--『イン・ザ・プール』まとめ--

 


■あらすじ

この作品は、後のシリーズとなる「精神科医・伊良部」の第一作目です。書かれたのが2002年ということで、土曜日が半ドンだったり、高校生がガラケーのメールに熱中していたりとどこか懐かしい雰囲気のある作品になっていますが、本シリーズの基本方針である、社会の病床の象徴としての患者が、型破りな伊良部に癒される様を笑いあり涙ありに描く作風はこの頃から健在です。自意識過剰の女優志望元モデルコンパニオンガールが患者の「コンパニオン」、ケータイ依存症の元登校拒否の男子高校生が患者の「フレンズ」の二編が特に面白いです。

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


■コンパニオン

この作品は、ストーカーの被害妄想に悩むコンパニオン「広美」が、肥大化した自意識を脱ぎ捨て回復する話です。女優に転身するなら崖っぷちの24歳という焦り、結婚相談所のサクラという神経が磨り減るバイト、コンパニオン同士の熾烈なカメラの取り合い、そういった闘争と欲望の渦巻く日常の中、広美のストーカー妄想は、昼夜分たぬ監視、集団ストーカー、首都高での集団ストーキング行為と、徐々にエスカレートしていきます。体調を崩し、三日仕事を休んだ後に本命のオーディションに立候補して参加するのですが、ここでの広美の精神状態は、自身の美貌は世界一と嘯き、三年後にハリウッド進出という目標を本気で掲げたかと思えば、少しのミスでもう24歳でこれが最後のチャンスだったのにとどん底まで落胆し、いかにも精神病患者らしいふるまいです。人は誰しも精神病的な性格を持っていると思いますが、広美の精神状態を追って行っていると、自分の心の精神病的な部分が刺激されて、徐々に感情移入してきて、オーディションのシーンが終わった後に異常性を実感できて運動後の疲労感のようなものを感じました。

 

オーディションの失敗をきっかけに、広美は女優の夢をあきらめ、デザイン会社の見習社員になります。先のオーディション会場の異常な興奮を体験した後の、さらりとした後日談の描写が爽快な印象です。夢をあきらめた広美の心内描写から引用です。


憑き物が落ちるとは、きっとこういうことを言うのだろう。身軽になったような、何か忘れ物をしたような。心も体も、全体がスース―した感じだ。

また、患者のこの状況を指して伊良部は、


「鎧を脱いだ」

と表現しています。この表現が実にしっくりきます。身軽な解決感のある、さわやかな話です。

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


■フレンズ

この作品は、友達からの連絡を確認するために片時もケータイを手放せない高校生「雄太」が、本心を偽る日々を伊良部に告白することで心が少し軽くなる話です。雄太は高校生にありがちな友達至上主義の人物として描かれていて、ケータイは常に手放さず、友人からの遊びの誘いは絶対に断らないことを信条としています。中学時代登校拒否をしていたこと、友人に貸すために最新のCDやアクセサリーを買い集めていることなど、グループの中心でない、むしろ発言力の低い、いわゆる「キョロ充」の悲哀が良く描かれています。クリスマスに、呼ばれると思っていたスキー旅行と合コンにどちらからも声がかからず、そのどちらにも予定があると強がり、クリスマスの夜の街を一人で放浪する様は悲哀の極致といえます。伊良部にメールで、キョロ中であることを告白した時、伊良部と看護婦の「マユミ」は雄太に同情的です。その優しさに、自分が救われたような気持になります。そんな中雄太が一人夜空を見上げるシーンから引用です。


メリークリスマス。雄太は夜空に向かってつぶやいていた。冬の星は、夏よりずっと凛としていて輝きを増している。それはまるで、孤塁を守ることを恐れない北国の美女のように。

話自体は悲しいのですが、最後のこの描写で、雄太が抱える孤独が凛として美しいものに捉えなおされています。

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

--『イン・ザ・プール』まとめ--

 

私が気に入った話は、テーマが自意識と他者承認でしたが、15年前にこれが書かれているということは、それらのトピックは何も目新しいものではなく、むしろ若者にとって手垢のついた悩みなのでしょう。そういう悩みに心当たりのある人にとっては、伊良部の行動に笑い、患者の喜怒哀楽に共感することで、読み終わった後に自分の悩みが少し可愛くなっているような、そんな短編集です。

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆