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『地下街の雨』宮部みゆき著

本読みました。

『地下街の雨』宮部みゆき

 

以下感想です。

■あらすじ

■決して見えない

■ムクロバラ

--『地下街の雨』まとめ--

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■あらすじ

本書のカバー裏表紙の解説には、「都会の片隅で夢を信じて生きる人たちを描く、夢と幻想のストーリー。」とありましたが、実際読んでみると謎とホラーとどんでん返しのエンタメ小説でした。あと本の最後に某女優業の方が執筆された解説があるのですが、こっちは本文の内容とは特に関係なかったので、出版社側にないがしろにされている印象を受けた本書でしたが、本文のほうは読み応えがありました。特に面白かったのは、短いながらも寓話的な雰囲気を持ち短編としての完成度が素晴らしい「決して見えない」、日常が異常な精神に蝕まれていく様をおどろおどろしく描く「ムクロバラ」の二編です。

 

  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


■決して見えない

この作品はあるサラリーマン「三宅」が、帰宅途中の電車で眠り見る不吉な夢という描かれ方をしています。夢の内容は、タクシー待ちをしているときに出会った初老の老人が、自分が三宅と黒い糸で結ばれた死神であること、自身の死神と親しく話すときその人は遠からず横死を遂げるということを告げ、その話を聞き終えた三宅が交通事故で死ぬ、というものです。春先のまだ寒い時期、体温を徐々に奪っていく小雨という情景がなんとも不気味です。


傘を差していると、その必要がないように感じられ、たたんでしまうと、頬が冷たい。そんなやっかいな雨だった。

という描写が、雨の不快感をよく表しています。その後目覚めた三宅は電車を降り帰路につくのですが、帰路の描写は夢の冒頭とまったく同じ書かれ方をしています。黒い糸と死神の関係について夢の中で語った老人の話に、死神とその相手は夢でつながっていることを示唆する話があることもあって、不吉な結末を予感させるラストです。短いながらも「黒い糸」「雨」「死神」と配されたモチーフと円環状の構造が寓話的な素晴らしい短編です。


■ムクロバラ

この作品は家族サービスを犠牲にして忙しい仕事をこなしてきた刑事部長、通称「デカ長」が、仕事で扱う犯罪の、精神の異常性に日常を侵食されていく話です。精神の異常性は、ふとしたことから正当防衛で見ず知らずのチンピラ「骸原」を殺してしまい、家族も職もすべてを失った男「橋場」というキャラクターに凝縮されています。橋場が巷で起こっている殺人事件を指して、ムクロバラが犯人であるとデカ長に告げるために警察署を訪れるのですが、デカ長は橋場が自己で人を殺して精神を病んだ経緯を知っているだけに彼に同情的です。橋場の世迷言を聞きつつ、彼の再就職や健康状態についての近況を聞くということを忙しい合間を見つけて行っています。

 

多忙と胃痛、理解できない部下に苦しみながら橋場の話を聞くうち、橋場が選ぶ殺人事件はどれも「動機がない」もので、犯人が衝動性に取り付かれたように犯行に及んでいることがわかってきます。橋場が語る事件の共通点の謎が明かされていくにしたがって、異常性の亡霊のようなカタカナの「ムクロバラ」が、物語の中で不気味な存在感を放ってきます。

 

橋場によって書かれたムクロバラの似顔絵が「デカ長」そのもので、娘に自分たち家族の苗字を答えさせて娘が「ムクロバラ」であると答えるシーンは、異常性が「デカ長」の日常をまさに飲み込まんとしている真に迫る描写に戦慄を覚えます。最愛の家族である娘の口から、自身の苗字が「ムクロバラ」であると告げられるそのギャップが、なんともおどろおどろしい表現方法だと思います。


「なあ、妙だと思っても答えてくれ。うちの苗字はなんと言った?」長女はちょっと笑いそうになったが、デカ長が笑っていないことに気づくと真面目に答えた。「ムクロバラよ」デカ長は足を止めた。長女は腕を引っ張られて止まった。「なあに?」「今なんと言った?」「うちの苗字でしょ?伊崎よ、い、ざ、き。どうして?」デカ長は強く頭を振った。さっきのは聞き間違いだ。俺はもう大丈夫だ。きっと、きっと。

作品の中で主人公の呼称はデカ長で統一されています。デカ長の存在が伊崎という名前で固定されずに、精神の異常性を見つめ続ける刑事という仕事に没頭している様は、なんとも頼りなげです。

 

--『地下街の雨』まとめ--

 

このほかにも、関係者への事情聴取という形でストーリーが展開されていき、最後に一家無理心中の顛末が明らかになる「不文律」、夜な夜な女性にいたずら電話をかけることを趣味とする男が、電話の精に取り殺されるオカルト・ホラー「混線」などの謎とホラーの作品が収録されていて、作品に没頭して、背筋が寒くなるエンタメ小説になっています。

 

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