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『東京夜話』いしいしんじ著

本読みました。

『東京夜話』いしいしんじ

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以下感想です。

■あらすじ

クロマグロとシロザケ

■うつぼかずらの夜

■天使はジェット気流に乗って

■二月二十日、産卵。

--まとめ--

 


■あらすじ

作者が東京の各地域の雰囲気にインスパイアされて書いた物語を短編集としてまとめた作品です。文体も主題もまったく異なる作品群が、多くの人の想いや暮らしを集成してそこにある東京という都市の在り様をよく表しています。その混沌さは作者が選ぶ言葉や物語の背景設定にも発揮されていて、時に美しく繊細で、時にグロテスクで醜い描写が読むものの美意識を刺激して、もっと普遍的な美しさの存在を示唆しているように感じられます。


クロマグロとシロザケ

クロマグロとシロザケ」は、そんななかでも文にして感想を述べやすい作品です。海で恋をした種族違いの二匹(クロマグロの雄とシロザケの雌)が、それぞれの習性という名の運命に引き裂かれまいと抗い、水揚げされた築地で「想いを遂げる」話です。何度も逢瀬を重ね、自分の種としての使命と幸福を軽々と擲って相手の幸福を祈りあう二匹の生き様、またその利他精神が相手に対する愛情によって力強く支えられている様に心打たれます。そんな二匹の別れのシーンから引用です。


「ぼくだって、サケになりたかった」ぼくはつぶやいて、泳ぎ始めた。彼女の冷ややかな肌の感触がまだえらに残っていた。たぶん、一生消えない、と思った。

別れのシーンの喪失感に感情移入して運命の悲哀を感じた後、水揚げの築地での奇妙な奇跡で感動したら、愛に死ぬことの幸福が少しわかるような気がする作品です。


■うつぼかずらの夜

作者含む若者三人がアパートの一室で闇バーを経営する話です。酒と音楽と若さとバカ騒ぎ、別れの後の追憶を通して、若い頃の悪友と無為な日々が大人になった後も明日を生きる支えになる様が、当事者の愛着をもって暖かく描かれています。優しい筆致で若き日々を思う作者の追憶のシーンから引用です。


あのアパートはもう取り壊されているかもしれない。しかし、全然構わない。N、S、ぼく。少なくともこの三人が、それぞれ勝手に、こんな風に思っていることは間違いないからだ。「バーN、ただ今、この場所で、営業中」と。
■天使はジェット気流に乗って

主人公が道でダッチワイフと出会い、その暖かさと真摯さ、淡い恋に触れる話です。安物のダッチワイフとしての挙動がユーモラスに描かれながらも(ピンと伸びた両手、見開かれた目)、彼女を居酒屋に連れて行き、植え込みで一緒に眠り、話は滞りなく進んでいき、その中で語られる彼女自身の存在意義と生き方に対する精一杯の肯定、別れの無垢な祈りに心動かされ、ちぐはぐな世界観に感情移入してしまっていることに気づく、不思議な作品です。ダッチワイフを思い出す主人公の回想のシーンから引用です。


もうすぐ、いつものように朝日が射す。ぼくの部屋は13階の東向きなので、もろに日の出が見えるのだ。カーテンがないので部屋には光が氾濫する。そういうとき、部屋の中に彼女がいるような気がする。そして、またあの声が聞こえないかと、いつもぼくは耳をすます。
■二月二十日、産卵。

日記のような文体で、育児中の妻を持つカラスの日常を淡々と描いた作品です。台詞や擬音を排除して、東京という大都市で見られる朝夕の静謐な美しさをひたすら捉えた作品になっています。物語に緩急はありませんが、すべてのシーン、すべての言葉が、自然現象であれ、人間の営みであれ、東京にあるすべての現象の美しさを切り取った写真のような印象を受けます。描かれているカラスの日常はそのほとんどが残飯漁りと虐殺、破壊行為なのですが、それらの行為は雛や妻にえさを分け与えるシーンを通して暮らしの暖かさという側面から捉えられています。カラスの日常を主題に選ぶことで美しさという概念に揺さぶりをかけ、美しさが試練に耐えうるかどうかを読者に問いかけている、そんな風に感じられる、挑戦的、実験的な作品です。


--まとめ--

この本を始めて読んだのは、まだ私が高校生で、田舎の実家に暮らしていた頃でした。その頃の私はなんとなく、都会やその象徴としての東京に憧れを抱いていたように思います。おりしも大学進学で東京の大学を受けるために、東京に行く機会がありました。東京の大学を何校か受験して、東京をうろうろして田舎に帰ってきたわけですが、帰ってきた後も、東京がどんなものだったかは(当たり前ですが)まったくわからずじまいでした。今社会人になって、東京で何ヶ月か暮らした経験もあり、現在大阪に暮らしていますが、それでもあの頃憧れていた「都市」の正体は依然つかめないままです。この本を改めて読んでみて、「東京」というのはそういうものなのではないかという気がしました。東京という主題が表すものは、憧れの対象ではなく、憧れる気持ちそのものなのだと思います。この作品は、そんな東京の「得体の知れなさ」を実に的確に表現しています。

 

 

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