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『こころの処方箋』

本の感想

本読みました。

『こころの処方箋』河合隼雄

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目次は下記の通りです。

■物事は努力で解決しない

   - 努力は必ず報われるという思い込みが苦しみを倍加する

   - 解決が目的になり努力に腰が入らない

■自立は依存によって裏付けられている

   - 自立を裏づけとして程よい依存を享受できる

--まとめ--

 

 


■物事は努力で解決しない

表題はインドの哲学者、クリシュナムルチの言葉で、「努力は必ず報われる」という教科書的な命題のアンチテーゼとして提示されています。筆者はこの言葉を自分の努力が報われないと嘆く人に贈っています。


   - 努力は必ず報われるという思い込みが苦しみを倍加する

この言葉にはまず、「努力は必ず報われる」という命題を疑う意味がこめられています。努力が報われないと嘆くとき、人は努力は必ず報われるという命題を信じています。努力は必ず報われるのに、自分の努力が報われないのは、自分の努力が足りないせいだと無力感にさいなまれてみたり、周囲の環境が悪いせいだと不幸感を募らせたりして、そういうことが嘆きになっているのです。努力が必ず報われるという根拠のない命題をまず否定して苦しみが増えることを防ぎましょう。


   - 解決が目的になり努力に腰が入らない

「努力は必ず報われる」というとき、主題は努力ではなく、報われるほうにあって、努力という苦痛に耐えたとき、その報酬として、「報い」が与えられることを信じる、という論調になっていることに気づくと思います。こんな気持ちで取り組んだことは総じて能率が上がらないでしょう。固い意志で継続すればその結果として一定の変化を伴うことはあるでしょうが、周りには自分が努力としていやいややっていることを楽しんでやっている人がいて、報われるのはその人たちが先のはずです。その後にやっと自分が報われたとして、それは努力をはじめた当初期待した報いといえるかと考え始めると、コストに報酬が見合っていない不満が残ると思います。つまり、世間一般で言われている「努力は必ず報われる」は、単純に目標に近づくためだけの方法論であって、目的を達成したときの気持ちや目標の妥当性までは考慮していないということです。


■自立は依存によって裏付けられている

これは教育論的見地から、子供の自立を考える親に対して発された言葉です。子供を甘えさせず、親から遠ざける教育の失敗の例を引いて、ある程度の甘えの必要性を主張しています。


   - 自立を裏づけとして程よい依存を享受できる

大人の場合は状況が逆であると私は思います。同窓会で人と会うと、当時嫌いだった人と案外わだかまりなく付き合えるということがあります。これは、離れていることを認識できたからです。離れていないとき、つまり、嫌いな人と同じコミュニティに属していたときには、嫌いな人の嫌いな面を我慢することがどうにも耐え難いものです。これは離れている状態を想像できないために、その我慢が永遠ではないかと思えるからであって、それは、自立性が脅かされるから、と言い換えることができると思います。自立性が担保されて初めて、程よい依存であるところの社会的振る舞いをストレスなく実践できるのではないかと思います。


--まとめ--

有名な臨床心理学者である河合隼雄の著書です。この人に限らず、カウンセラーや精神科医の人の本は不幸の根底にある思い込みに揺さぶりをかけるタイプのものが多いように思います。実際に治療する患者には強固な思い込みと現実の折り合いをつけられずに追い詰められているタイプが多いということなのでしょう。すぐさま精神科に行くほどではないがそういう状態であることを自覚する「予備軍」な人も少なくないと思います(私もそうです)。心理的な柔軟性が精神衛生上大切ということだと思います。

 

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